自尊心を失う体験

月1回のヴェーダーンタ勉強会、スワミ・ダヤーナンダジ(私の先生、スワミ・チェータナーナンダジの先生)のテレビ番組「スピリチュアル・ヘリテージ」の日本語訳をみんなで読んでいます。

私個人の振り返りと、整理のために、ブログに思ったことを書いていこうと思います。

前回は、人は絶対の安心を求めていることが述べられました。

家族、パートナー、仕事、お金、地位、名誉、、、人それぞれ、人生に求めていることに違いがありますが、本当に求めているのは、「安心」ではないでしょうか。

しかし、求めていたものが得られたとしても、安心を感じるのはほんのひと時。

この世界で手に入れられるものには限りがありますから。

本当は何を求めているのか知らないから、ほんのひと時でも安心を与えてくれるものを求めてしまうのかもしれません。

でも本当に求めているものは、絶対の安心ではないでしょうか。

前回は赤ちゃんのお話で終わりました。

赤ちゃんがお母さんのお腹の中にいたとき、その時が唯一、人が安心を感じる時だと言うのです。

そして人間の赤ちゃんは、100%無力で生まれてくるという、なんという人生の始まりでしょう。

今回はその赤ちゃんの無力さについてのお話から始まります。

第20話「絶対的な信頼への探求」です。

人間は生まれた時、完全に無力です。

お母さんのお腹にいたときの安心から離れ、安心・安全は失われます。

誰かにお世話してもらえないと、赤ちゃんは生き延びることはできません。

よくよく考えると、ものすごいことですよね。

生き延びたいという本能を持って生まれてきているのに。

この赤ちゃんの無力さを補うために、与えられた能力があります。



まずは、お母さんなど、お世話してくれる人に対して疑うことなどできない、完全に信頼する能力です。

「信頼する能力」って与えられたの?と思いましたが、確かに、赤ちゃんは完全にお母さんに委ねて、信頼しています。

反対に、大人になったらここまでの信頼を持つことはできるでしょうか?

赤ちゃんは疑うことはできないのです。


そして赤ちゃんが絶対の信頼を寄せているお母さんは、赤ちゃんから見ると、完璧な存在です。

全知全能の神のようにみえるのです。

だからこそ、安心して信頼を寄せているのです。


けれども、お母さんだって、一個人です。神ではありません。

誰だって能力には限界があって、ちゃんと赤ちゃんをケアできない時もあります。

機嫌がいい時も、良くない時もあるし、間違えることも、できないこともあります。

それは当然のことです。


赤ちゃんは成長の過程で、絶対の存在であり、絶対の信頼を寄せているお母さんが、実は全知全能じゃないことを知って、とても大きなショックを受け、パニックになります。

「私のお母さんは絶対ではない」ということを知った時のショックは計り知れません。

(私もその時のことは覚えていませんが、大変な恐怖だろうということは理解できます。

程度は違いますが、信頼していた人に裏切られたときもショックですよね。)


ここでもう一つ、赤ちゃんに与えられた能力があります。

パニックや恐怖に蓋をする能力です。

赤ちゃんはパニックや痛みを上手に扱うことができないので、この痛みに蓋をしてしまいます。

「カシャーヤ」、心理学の言葉では「無意識」です。

誰もがこの体験をして、カシャーヤのない人はいません。

痛みや恐怖に蓋をすることで、赤ちゃんは生き延びられるのです。


赤ちゃんの完全な無力さは、お母さん、そして後にはお父さんへの完全な信頼、ショックに蓋をする能力に埋め合わせれています。

私は私のお母さんが限られた能力の人であることを発見します。
人生で最も大きく自尊心を失う恥ずかしい体験は、自分のお母さんがエゴを持った小さな限られた人であると、私が3歳くらいになって発見することです。
お父さんも小さな限られた人です。
ですから、これが最も自尊心を失う恥ずかしい体験なのです。

スピリチュアルヘリテージ

「自尊心を失う」

このような体験で、3歳くらいで既に自尊心を失ってしまっているのです。

だいぶ前のお話で忘れてしまいがちですが、このスピリチュアルヘリテージ、自己尊厳・自尊心のお話がテーマになっています。

なぜ私たちが自己尊厳を持てないのか、この体験が元にあるのです。

私が自己尊厳をなかなか持てないのは、こういう理由があるからなんだ、それは大変なことなんだなーと思います。

このような体験を経て、4歳から4歳半くらいから、絶対に信頼がおけるものを探し始めるのです。

お母さん、お父さんではなく。

そう、それは、イーシュワラ。

イーシュワラと知らなくても、揺らぎのない絶対の存在を、絶対の安心を求めているのです。

次回は、この絶対の安心をみていきます。