競い合う世の中でも、自己尊厳を持つには

月1回のヴェーダーンタ勉強会、スワミ・ダヤーナンダジ(私の先生、スワミ・チェータナーナンダジの先生)のテレビ番組「スピリチュアル・ヘリテージ」の日本語訳をみんなで読んでいます。

私個人の振り返りと、整理のために、ブログに思ったことを書いていこうと思います。

前回は、スヴァ・カルマ、スヴァ・ダルマのお話でした。

善悪の秩序であるダルマは独立した価値であって、安心・喜びのためのダルマがあるのではありません。

安心・喜びのために、秩序を守るのではなく、

ダルマの価値を理解し、ダルマを選ぶことが、結果的に安心・喜びに繋がります。

好き嫌いではなく、ダルマを選ぶことが人生で成し遂げられなければいけないゴールであり、

人としての成長とは、ダルマとの調和を選ぶこと、そしてそれが自己尊厳になるのです。

そして自己尊厳があれば、自分がしていることに愛を見出すことができます。

「している事が(好きな事)」が「しなければならない事」になります。

好きな事とすべき事が一致して、好きでない事としてはいけない事が一致するので、

好きなことを選ぶ以外ない、選択がなくなるのです。

そしてそれがまた、自己尊厳にもなります。

私がすべきこと(スヴァ・カルマ、スヴァ・ダルマ)を愛すること、それが成長であり、成功です。


そして今回は、第24話「あなたの心にダルマを王様として迎えなさい」です。

スワミ・ダヤーナンダジの像

物理学・生物学・医学、そして心理学と、さまざまな側面でのイーシュワラの現れを見てきました。

そして最も重要なイーシュワラの現れは、善悪の秩序・ダルマです。

何が正しいか間違っているか、適切か適切でないかにある秩序です。

これは全ての人に、どの時代の人も、どの場所で生まれて育っても、大人も子供も、

生まれながらに与えられているものです。

人間は選択の自由が与えられているのと同時に、

この善悪の秩序・普遍的なダルマ(サーマンニャ・ダルマ)も与えられ、

選択の基盤となるものです。


普遍的なダルマに価値を見出している人は、法律を犯したり、何かを傷つけることは選ばないでしょう。

「罰せられるから、悪いことはしない」ということではなく、

自分の内側にコントロールする仕組みがあるのです。

もし誰もがダルマに価値を置いて生きていたら、法律や警察もいらないでしょう。

誰もが傷付けられたくないし、他の人も同じだと知っているし、

良い悪いの判断もできるのに、

何らかの不安や自己尊厳のなさなどから、ダルマに価値を見出せないこともありますよね。

全ての人が、なにも不平不満なく、何かを失うような感覚も、損したというよう感覚もなく、

自発的にダルマと調和する生き方の人へと成長しなければなりません。

これがインドのスピリチュアルな文化なのです。

皆が、ダルマと調和する人に育たなければなりません。

スピリチュアルヘリテージ

ここを読んで、チクッと心が痛む感じがありました。

不正な手段で利益を得ていたり、得をしているように表面的に見える人に対して、

「ずるい!」

って思ってたんです。

それって、「私もやりたいのに(できないけど)」という不満なんですよね。

今はそういうことに対して、「その人の選択なんだな、私は私の選択をしよう」と思います。

そして、不法ではないけれど、嘘や見て見ぬふりやごまかすことで、

利益が出るように見えることをやらないことは、

損したように思っていました。

例えば、買い物のお会計で、お釣りを多くもらった時に、

「間違ってますよ」と多い分を返すのは、何か損するような感じがしました。

全く損してないのに!

そんなことより、ずるいことをした自分への罪悪感を持つことの方が大きな損なんですよね。

「自発的に」ダルマと調和する人になることが成長。

その成長のために、ヴァルナ・アーシュラマという社会構造がインドにはありました。

人々が競い合うの遠ざけ、自分自身の成長を目的としていたのです。

ダルマと調和する人になる、ということが成長で、

それは他の人と競い合うことなど必要ありませんよね。

自分自身の問題です。

しかし、今は日本もインドも、世界的にも、競い合う世の中にあります。

競い合う状況にいましょう。

けれども、私たちのスピリチュアルな専心を手放す必要はありません。

すべての人間がこの専心をすべきです。

あなたは、その専心を犠牲にしてまで競い合うべきではありません。

(中略)

それはとても危険なことなのです。

ですから私たちは、ダルマが土台となるように元に戻さなければなりません。

そして、ダルマを王様として私たちの心の世界に迎えなければなりません。

成し遂げなければならないゴールとして迎えなければなりません。

なぜなら、それが人間が一番望んでいることなのですか。

あなたの結論は、すべての人が良い人でいて欲しいと言うことです。

スピリチュアルヘリテージ

競い合う状況からは逃れられないけれど、

その中でも、ダルマを選び続けること。

最初は「損した」感じがして、ダルマを選ぶのはツラいかもしれないけど、

それでも選び続けていたら、「損する」と思ってたのは間違いだったとわかり、

何も損していないし、むしろ大事なもの(ダルマ)を守れている自分を誇らしく思うでしょう。

それが自己尊厳になるのだと思います。


「あなたの結論は、全ての人に良い人でいて欲しい」

本当にそうですよね。誰もがそう思っています。

人に優しくされたいし、親切でいて欲しい。

だから自分もそうあるように。

それは人柄としてもですが、

自分の技術や知識に関しても、他の人に貢献できるように学ぶことも、ダルマとの調和なのです。


次回は感情のお話です。