「怒り」でさえも神の現れ
月1回のヴェーダーンタ勉強会、スワミ・ダヤーナンダジ(私の先生、スワミ・チェータナーナンダジの先生)のテレビ番組「スピリチュアル・ヘリテージ」の日本語訳をみんなで読んでいます。
私個人の振り返りと、整理のために、ブログに思ったことを書いていこうと思います。
前回もダルマのお話でした。
競い合う世の中であるけれども、ダルマを選ぶことの大事さが言われました。
常に競争、外から評価される社会の中にいると、
評価されるために、ダルマに反することをしてしまうことがあります。
自分自身の価値を、競争社会の中での評価にしか置いていないのです。
何を手に入れて、何を成し遂げて、、、
手に入れていない、成し遂げていない自分はダメだ。。。
そんなふうに思ってしまうと、
ダルマを守ることよりも、ダルマに反することをしてでも競争に勝つことを優先してしまいますよね。
しかしそれは大事な自分自身の自己尊厳を損なうことになり、
自分自身を見失ってしまいます。
競争の中にいても、ダルマを守ることを手放してはいけない、ということでした。
そして今回は、第25話「怒りをお世話する」です。
物理学・生物学・医学、そして心理学と、さまざまな側面でのイーシュワラの現れを見てきました。
今回は心理学の法則。
ある感情も、何かしら原因があって、その感情は現れています。
「怒り」「嫌悪」も同様です。
今回は「怒り」についてのお話です。
「アンガーマネジメント」というのを聞いたことがありますが、
怒りの感情は、私たちにとって非常に扱いにくいものですよね。
ヴェーダーンタでは、あらゆるもの、あらゆる感情もすべてイーシュワラ(神)の現れだと見ています。
怒りも、原因と結果の繋がり・法則に沿って現れているのです。
過去のある出来事と、現れた感情にはつながりがあります。
自分が怒ったときを振り返ると、
人から何か理不尽なことをされたり、嫌なことを言われたり、
メディアで触れた情報によって、「こういうことをする人はひどい!」と反応したり。
自分以外の人や物事が怒りの原因だと思いませんか?
実はそういうことではなかったのです。
最初に満たされない願望があり、それを痛みといいます。
スピリチュアルヘリテージ
あなたが望んだことがあったけれど、それがその通りにならない。
それがあなたに痛みを残します。
子供のときには、その痛みが無意識の中に置かれ蓋をされます。
それがその後、その人の全人格をコントロールし始めます。
その種類の痛みがあります。
ほとんどの場合、それが怒りや嫌悪の感情として現れるのです。
ここではそれが怒りであったとしましょう。
この怒りは、内側にある痛みの現れた姿です。
この怒りの引き金になる人を、あなたは外側に必要とします。
自分の怒りの原因を、他の人のせいにしていましたが、そうではなく、
過去の経験で得た痛みが怒りとなって現れているのです。
どのようなことがあって、痛みとなったのかはもう覚えていませんが、
何かの原因があるのでしょう。
それが何かの時に、ある引き金を引かれて怒りとなって現れたのです。
「あの人のせいで私は怒っている!」ではなく、
あの人は引き金を引いた人、なんですね。
原因は私の中にある痛みです。
確かに、同じ場面で同じことをされたとして、
怒る人もいれば、まったくなんとも思わない人もいますよね。
これは明らかに、その人に痛みがあるから、なんですよね。
誰もがこのような痛みを感じやすい、脆い部分を持っています。
怒りの原因となる痛みを持っています。
そして痛みが姿を変えて怒りとなって現れ、
怒りに任せて何か行動を起こしたとき、どういうことになるでしょう?
私の経験では、怒りに任せて何かを傷つけてしまうようなことが多いです。
そうした後、なんとも虚しい、悲しい気持ちが起こります。
この悲しみが、怒りの原因となっている痛みなのだそうです。
私は「嫉妬に悪いはありません。嫌悪に悪いはありません。怒りに何も悪いはありません」と言います。
スピリチュアルヘリテージ
どのスワミも誰もこんなことを言いません。
しかし私はそういうのです。
なぜなら全てがイーシュワラなのです。
しかし、誰かを犠牲者にする事は完全に間違っています。
誰かを傷つけることは、アヒムサー(傷つけることはよくないという価値観)に反します。
自分を傷つけることもです。
誰も、自分も傷つけずに、怒りを扱わなければなりません。
では、具体的にどうするのかというと、
まずは感覚器官を怒りの対象から切り離します。
物理的な距離をとる、時間をあけるなど。
そして、怒りを解消して、客観的になる余裕を作ります。
ここで言われたのは、
広い公園で大声で叫ぶ、濡らしたタオルで思いっきり床を叩く、サンドバックを叩く。
(音が出るものでやるといいそうですー笑)
怒りを書き殴るなど。
傷つけない方法で、怒りを解消すると、落ち着いてきます。
私は書き殴るタイプですが、みなさんは良い方法を持っていますか?
自分にあった、怒りをお世話する方法があるといいですね。
怒りをお世話することで、自分の痛みをお世話するのです。
もし怒りを上手に扱うことができれば、他の全ての感情も扱うことが可能だと言われています。
次回もまた感情のお話です。