2026年インドへの旅*インドに行く理由 — 日常がプラサーダだと気づく旅

こんにちは。

Sugandha(スガンダ) Yoga のエミです。


私が何度もインドへ足を運びたくなる理由は、いくつかあります。

そのひとつは、日常から少し離れて、自分ではどうにもできない状況に身を置くことができるからです。

言葉が通じ、勝手のわかる日本にいれば、たいていのことは自分の力でコントロールできてしまいます。

けれど海外では、そうはいかない場面がたくさんあります。

「自分でやらなきゃ」「なんとかしなきゃ」という力みを、手放さざるを得なくなるのです。


イーシュワラにお任せするということ

「流れに任せる、状況に任せる」 言い換えれば、イーシュワラ(神)にお任せするしかない状況です。

そんな状況の中で、なぜか助けてくれる人が現れたり、大変だなと思ったことが、不思議とスムーズに進んだりすることがあります。

自分でコントロールしようとするのをやめたとき、イーシュワラから与えられているもの、運ばれていることが、鮮明に見えてくるのです。

それが楽しくて、私はインドに行きたくなるのだと思います。

日常のことこそが「プラサーダ(恩恵)」

今回の旅でも、思いがけない出来事の連続でした。

そのすべてを通じて、たくさんの恩恵(プラサーダ)を受け取ってきました。

インドにいると、一つひとつの出来事が「特別なギフト」に映ります。

けれど本当は、日本での日常も、当たり前だと思っている毎日の営みも、すべてが同じように「特別なプラサーダ」なんですよね。

インドへ行くのは、新しい何かを探しに行くためではなく、「日常のすべてがプラサーダである」という真実に、改めて気づかせてもらうためなのだと感じます。

そんなインドの旅から帰ってきて、あらためて日常に戻ってみると、毎日の営みがとても貴重で、有り難く感じられます。

家族や身近な人との何気ない会話も、どこか新鮮で、とても大切に感じています。

何気ない日常が愛おしく見えて、それがとても嬉しいのです。

花輪の重み

今回もアーシュラムで、ガンガープージャーとアディシュターナプージャーの2回のプージャーをお願いしました。


アディシュターナプージャーは、撮影ができなかったので、

終わった後の写真を。



アディシュターナプージャーでは、スワミ・ダヤーナンダジの像に大きな花輪をかけます。

この花輪、初めて手にしましたが、見た目以上に重いことに驚きました。

実はその数日前、この花輪を作る「セーヴァ(奉仕)」をされた方からお話を伺う機会がありました。

慣れないうちはひとつ作るのに3時間、慣れてきても2時間はかかっていたのだそうです。

花輪に込められている想いの分まで、さらに重く尊く感じました。

日常こそ学び

帰国後も、ヴェーダーンタの勉強を大切に続けながら、カルマヨーギーとして、イーシュワラを想い、考えをきれいにするために、自分のすべきことを丁寧に行っていきたいと、思いを強くしました。

この旅のために、たくさんの方にご協力をいただきました。

皆さまに心から感謝を申し上げます。

本当にありがとうございました。



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